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“Global Heart”

~ Yogaでシンプル・ライフ from Greenwich CT ~

反哲学入門

<存在する>ということをどう捉えるか・・・

久しぶりに爽快な本に出会いました!
木田元先生の『反哲学入門』です。

大学で哲学の勉強をしていた頃、存在について、人生について・・・
<それはなんであるか>と必至に問いかけていた頭でっかちな自分を思い出す。
それから後にヨーガと出会い、
思考とは身体との共同作業だと思えるようになったこと。。
そんな自分自身の精神の変遷が
プラトンからハイデガーまでの哲学史と重なり、
欧米の精神史と共に自分自身を一望したような思いです。

ハイデガーは、現存在(「人間」をいう)が存在するということを
どう解するかを時間的構造をもちいて分析することによって
既存の哲学を転換しようと試みました。
そんなハイデガーの思索を木田先生は次のようにまとめられています。

「存在するものの全体を、生きておのずから生成するものと見、
自分もその一部としてそこに包みこまれ、それと調和して生きるときと、

その存在するものの全体に、<それはなんであるか>と問いかけるときでは、
存在者の全体へのスタンスのとり方がまるでちがい、

そんなふうに問いかけるときは、問う者は問いかける存在者の全体の外の特権的位置、
あるいはそれを超えた特権的位置に身を据えているにちがいない・・・」(p286より)


「存在する」ということを
<作られてある=被制作的存在>と解すか、
<成りいでてある=生成>と解すか。
これは超自然的存在や神の存在証明を持ち出さなくても・・・
「ある」をどう解するかで大きく違う世界観を生み出します。

身近なものごとに当てはめて考え応用できます。
試して見てください。



先日、「Chernobyl Heart」の上映会に行って参りました。
想像以上に辛い映像でした。
まだ心の整理ができません。

チェルノブイリで過去に起きた確かなことを知る必要があり、
今現実に日本で起きていることを正しく怖れる必要があると思う。
過去歴史から学び、未来を想像し創ることができるのは常に常に今なのだから。。
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テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

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詩人に訊く

今朝は雨音で目が覚めました。。肌寒い土曜日です。

「本当のこと」は詩人に訊くといいんだよ、
ふんわり 谷川俊太郎さんの『質問箱』を読んでいます。

お付き合いください。


Q:車、飛行機、そのあとに続く乗りものって、
 まだないと思うんです。
 ぼくたちはこれからいったい
 何に乗ればいいんでしょうか。 (キャベツ 57歳)
 
A:雲に乗るのもいいし、 
 風に乗るのもいいし、
 音に乗るのもいいし、
 気持ちに乗るのもいいんじゃないかなあ。
 機械じゃない乗りもの、 
 手でさわれない乗りものが
 未来の乗りものです。
  


Q:心の中の鬼はどうやって退治しますか? 
 谷川さんの心の中にも、鬼がいますか? (しらたま ?歳)

A:昔いた、いま鬼は行方不明。
 もうどこかへ立ち去ったのかもしれないが、 
 またどこかに隠れてるのかもしれない。
 もしまた出てきたら・・・・・・・・
 退治するという発想はやめて、とりあえずハグする。
 で、当分同棲していっしょに酒飲んだりして、  
 鬼の愚痴を聞いてやる。
  


Q:どうして、にんげんは死ぬの? 
 さえちゃんは、死ぬのはいやだよ。 (こやまさえ 6歳)

A:ぼくがさえちゃんのお母さんだったら、 
 「お母さんだって死ぬのはいやだよー」と言いながら、 
 さえちゃんをぎゅーっと抱きしめて一緒に泣きます。
 そのあとで一緒にお茶します。

 あのね、お母さん、
 言葉で問われた質問に、いつでも言葉で答える必要はないの。
 こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、
 ココロもカラダも使って答えなくちゃね。
 

もうあと一つ、お付き合いください。^^


Q:「大人」になるということは、
 どういうことなんでしょう。
 谷川さんの「大人」を教えてください。 (コモモ 17歳)  

A:自分のうちにひそんでいる子どもを怖れずに自覚して、
 いつでもそこからエネルギーを汲み取れるようになれば、
 大人になれるんじゃないかな。
 最低限の大人のルールを守らなきゃいけないけれど、
 ときにそのルールからはずれることができるのも、
 大人の証拠。。
 

  
皆さま、良い週末をお過ごしくださいネ♪

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コトことばの世界

今日のYogaクラスをもって、夏のスケジュールを無事終えることができました。
夏休みの間もご参加くださった皆さま、ありがとうございました。
今日から急に秋の気配… お昼間の蝉の声が愛おしいこの頃です。
来月より、また心新たにクラスを充実させて参りたいと思います♪


さて、前記事に頂いたコメントにあった「祈り」。。の言葉で触れた
押田成人さんは、カトリック司祭でありながら、草庵を開き、
農業生活をしながら、著作活動に取り組んだ方です。
著書にはたいへん興味深い言葉が沢山でてきます。
その中で、「出会い」と「しあわせ」についてこのように書かれていました。

 出会いとは 意識の世界では見えないものを 感じて かえしてくれるもの

ほんとうの出会いってそうかもしれない。
自分では知り得ないことを、出会いを通して気づかせてもらっている。
そう、意識化してもらい、導いていただいているようです。

 しあわせというのは
 ある人の存在の前で、その人の神秘の前に自分を置いて、
 その人自身も味わいきれぬその神秘に耳を傾けていることである。
 すでに1つになっている。
 これを仕えて合わさる、仕合せっていうんだ。


しあわせ→仕合せ→仕えて合わさること。。
奉仕して、他とひとつになること、それが幸せと。。

すると、2人の見ている世界、生きて預からせて頂いている世界が
1つの世界だという実感で溢れてくる…という。
この根源は、意識以前の存在の世界にあり、
過去も現在も未来の世界も全然入らない、
深みの響きを持つ永遠の世界にあるそうです。
それを「コトことば」の世界といい、
出会いとは本来そういう世界にあるのだという。。

そう思うと、出会い自体が神秘ですね。
すごく形而上的な世界ですが…
如何でしょうか。


今宵はハーフムーンがきれいに輝いてみえます。

Yogaに半月のポーズ(アルダ・チャンドラ・アーサナ)という
片手と片足で体を支える立位のバランスのポーズがありますが、
これは、半分の体でアンバランスな自分を自覚しながら保つことによって、
もう半分の自分に出会った時の安らぎ、一体感を得るためのものかもしれません。
こんな解説はどこにもありませんが。。^^

いつも半分の自分だから…、出会って気づかせていただくことが多いです。
いい出会いをたくさん重ねていきたいですね。

秋の虫が鳴き響く夜、半分の姿のお月様に親しみが湧いてきて。。



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1/4 の奇跡

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                    ~夕方のGreenwich Point~ 

「なむあみだぶつ・・・」 と、

まだ時々蕁麻疹が出て、困っている私をみて息子が言いました。

普段からユニークなことを言う彼は宇宙人のような存在なのですが、
このときはハッとしました。

丁度いま読んでいる山元加津子さんの『本当のことだから』という
本に書かれていた言葉だったからです。

「さとるってどういうことでしょうか?」 
「『なむあみだぶつ』ってどういう意味でしょうか?」
とたずねる山元さんに、お坊さまが答えられます。

「どういうことを<さとられた>のかというと、
どんなことも、なるようになっているということです。
偶然というものはなく、いつも起きるべくして起き、
出会うべくして出会うということです」

「『なむあみだぶつ』とは、人がむなしく生きなくてすむように
‘もの’も‘こと’も‘ひと’も与えられるようにまわりにあらわれて、
出会うことができるということです。
まわりにある‘もの’も‘こと’も‘ひと’も、みんなその人に必要だから
そこにあるということです」

息子は知っていたのかな…
痒みがひどくなったら唱えよーっと、「なむあみだぶつ・・・」 


 『1/4 の奇跡』という映画をご存知ですか?
日本全国で自主上映されているそうです。
日本の知人から、サイトを見てみて!とメールを頂いたとき、
このタイトルがすごく気になっていました。

この話しを友人にすると、本を持っている!とのこと。
ワー、つながってる

この『1/4 の奇跡』という本は監督をされた入江冨美子さんが
「宇宙に<感謝>の量を増やす映画をつくるんや」(バリバリの大阪弁がいい!)
と製作の動機や経緯、内容をまとめられた感動のストーリーです。
元気がいっぱい沸いてきます♪

そして、この映画の元となっているのが養護学校の教諭をされている
前述した山元加津子さんの著書でした。
別の知人がこちらの本を持っていらして、同時に私の手元に来ました。
これもまたつながっていた

ペルーのナスカの地上絵をはじめとする様々な謎は決して謎でないこと、
「どんなことも、きっといつかのいい日のためにあるんだ」という
「大きな力」が自然に語られています。

宇宙は愛でいっぱい。
この宇宙の中で、今日一日を生きている!ということにいっぱい感謝が生まれます。

出会うべく時に、出会うべく人と、出会うべく本に出会えたこと…
ここにも「大きな力」がはたらいている。
なむあみだぶつ。。 


本の中にあった大ちゃんの素敵な詩をご紹介します。
機会があったら、是非映画をご覧になってください♪


  僕が生まれたのには 理由がある
  生まれるってことには みんな 理由があるんや

  僕の手の上に 宇宙がある
  僕の身体の中にも 宇宙がある
  小さなありのからだの中にも いくつもいくつも 宇宙がある

  星の光が見える
  星と僕は知らないもの同志やけど
  僕の心を動かす力を持っているんやな

  葉っぱだって 石ころだって そこにあるだけで 心を動かす力がある
  それが<ある>ということなんかな

  僕だってそこに<ある>
  <ある>ものはみんな 大切なんや

  僕はここにいるけれど 宇宙を思えば 宇宙へ行ける
  ここにいても どこへもいける



 
   

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Labor Day

ネバならない・・・は好きではないですが、
やらなければならないこと、
考えなければならないこと、が
たくさんあって。。足踏みを楽しんでいるこの頃。。

9月になりました。
夏を惜しみつつ、移り行く季節を味わえる素敵な時です。

Labor Dayの週末。
文字通りBBQを楽しんだ今日、夏の終わりには勿体無い!くらい
Greenwichはお天気に恵まれました。


’生命即神’という言葉があります。
龍村修先生によれば、
 「生命は神、つまり命はなんでも知っている。
 頭に入っている知識より、自分の体が正しいことを知っている」
といわれます。
Yogaを通して、体から聴こえてくる声に耳を傾け、
響きを味わい、観察することを訓練し学んでいます。
時に・・・、在ることを確認したくて、
またプラトンを読みたくなりました。
秋でしょうか。。。

「命はかなき魂たちよ、
 ここに、死すべき族(やから)のたどり、死に終わるべき、
 いまひとたびの周期がはじまる。
  
 運命を導く神霊(ダイモン)が汝らを籤引き当てるのでない。
 汝ら自身が、みずからのダイモンを選ぶべきである。

 (中略)
  
 責めは、選ぶ者にある。神には、いかなる責めもないのだ」

                       (藤沢令夫氏訳 『国家』617eより)


エルの物語に出てくる女神アナンケ(必然)の3人娘モイラ(運命)のうち、
姫御子ラケシス(過去)の言葉として神官が語った場面の引用です。
*ちなみに後二人の娘の名はクロト(現在)、アトロポス(未来)。。
 母が必然の女神でその娘は運命の女神、そしてそれは過去・現在・未来というわけ。。*


プラトンによれば、各人にはそれぞれの運命を支配し導く
ダイモンがついていて、
<運命とは、与えられるものではなく、
むしろ各人が自分自身で選びとるものである>、という。

現代では当たり前だと思う人の方が多いのかもしれない。
でも中世ののち、この言葉を聞いたルネサンス期の人々は
震撼したに違いない。。
どれだけ、いま、それを自覚できているだろうか。。と
自らに問いかけてみる。

魂は、籤によって決められた順番に従って、
生涯の種類の見本から、これから生まれかわるべき自分の生を選びます。
籤はモイラ(必然の娘、運命)によって決まり、
選択は自由意志によるものであるから、
人間の生涯は、必然と自由との両方によって規定されていることになる。。


この「エルの物語」は、素敵なミュートス(神話)です。
ヒントがたくさんあります。

虫の音が盛んに響き渡る夜・・・
夢物語に浸ってみるのもいい時間。。






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わたしにふれてください

少し前、とても好きな詩があります、とある方が本を紹介してくださいました。

そのタイトルがとても気になって、ずっと心に残っていたので、
週末に所用でマンハッタンに行った時、紀伊国屋書店に寄ってみました。
でも教えて頂いた本は見当たりませんでした。
新しい店舗をうろうろして、(日本の皆さま!Bryant Park近くに移転したのですよー。)
ふと手にした本はその詩の本と全く関係のないものだったのですが、
びっくり、その中に詩が載っているではありませんか!
引き寄せられたのでしょうか。。

わたしにふれてください・・・
というフレーズでつづくこの詩は素敵な言葉で綴られていて、
温かい気持ちに包まれ、胸がいっぱいになります。


『Please Touch Me わたしにふれてください』

もしわたしがあなたの赤ちゃんなら
どうぞ、わたしにふれてください
今までわたしが、知らなかったやさしさを
あなたからもらいたい
あふろにいれてください
おむつを替えてください
おっぱいをください
きゅっとだきしめてください
ほおにキスしてください
わたしの体をあたためてください
あなたのやさしさとあなたのくれる快楽が
わたしに安心と愛をつたえてくれるのです

もしわたしがあなたのこどもなら
どうぞ、わたしにふれてください
いやがるかもしれないし
拒否するかもしれないけど
何度もそうしてください
わたしがどうしていやがるかわかってほしいから
おやすみなさい、と抱きしめるあなたの腕が
わたしの夜を甘くしてくれる
昼間にみせてくれるあなたのやさしさが
あなたの感じる真実を伝えてくれる

もしわたしがあなたの思春期のこどもなら
どうぞ、わたしにふれてください
もう大きくなったのだからなんていわないでください
あなたがわたしにふれるのをためらうなんて
思いたくない
あなたのやさしい腕が必要です
あなたのおだやかな声をききたいのです
人生は困難なもの、とわかったいま
わたしの中の小さな子どもがあなたを必要とするのです

もしわたしがあなたの友達なら
どうぞ、わたしにふれてください
あなたがだきしめてくれると
わたしはあなたにとって大切な人だとわかるから
あなたのやさしさが、おちこんでいる私も
かけがえのない存在であることを
思い出させてくれるから
そしてひとりではない、と思い出させてくれるから
わたしにやすらぎをくれるあなたのありよう
それだけがわたしが信じられるもの

もしわたしがあなたのセックスの相手なら
そうぞ、わたしにふれてください
あなたは、情熱さえあれば十分と思うかもしれない
でも、あなたの腕だけが
わたしの恐れをとかしてくれる
あなたのやさしくおだやかな指先をください
あなたにふれられて、わたしは愛されているということを
思い出すことができる
わたしはわたしなのだ、ということを
思い出すことができる

もしわたしがあなたの大きくなった息子なら
どうぞ、わたしにふれてください
わたしには
抱きしめるべきわたしの家族はいるのだけれど
それでも、傷ついたときには
おかあさんとおとうさんにだきしめてほしい
おとうさん、あなたといるとすべてが違ってみえる
わたしが、大切なわたし、であると
思い出すことができる

もしわたしがあなたの年老いた父親なら
どうぞ、わたしにふれてください
あなたが小さかったときに
わたしがあなたにふれたと同じように
わたしの手をにぎり、わたしのそばにすわって
わたしを力づけてください
わたしの疲れた体によりそい、あたためてください
わたしは随分しわくちゃになってしまったけれど
あなたのやさしさに力づけられる

どうぞ、何も恐れないで
ただ、わたしにふれてください

――フィリス・K・デヴィス
原作者Phyllis K.Davis、翻訳者三砂ちづる



今日は母の誕生日でした。
8年前に他界した母がもし生きていてくれたなら69歳…
早くして旅立ってしまった母に、もっともっとハグしておけばよかった。。

大切な人にいっぱいいっぱいハグしましょ。






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