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“Global Heart”

~ Yogaでシンプル・ライフ from Greenwich CT ~

New Moon

「今日はお月さま 出ているかなー」
幼い頃、空を見上げるのが日課になっていました。

出ていると、すごく嬉しくて、月に話しかけていたのを思い出します。
一体何を話ししていたのでしょ。。
優しく包まれるようなあの光に安心し、嬉しかったような気がします。

そういえば、動物園や水族館という所はあまり好きでなく、
プラネタリウムが好きでした!
ドームの内側に映し出される星座を眺めていると、
だんだん自分が拡がっていく感覚がして不思議でした。

近所に、天文学の研究をされていたおじいさん!が住んでいて、
その方の家の屋上に高精度な天体望遠鏡があったのです。
よく覗かせてもらった私は、その時に
宇宙の神秘にふれていたのかもしれません。。

New Moonの今日、忘れていた懐かしいものを思い出しました。


70%以上水分でできている人間は、
水の性質を持つすべてのものと同様に、
月の満ち欠けの影響を受けているそうです。

海の干満を引き起こすもの月の引力。
新月と満月に最もその力が強くなる不思議。。

新月のエネルギーは、息を吐ききった時の状態にあって、
「放出」する作用が最も強い時だという。
新月の前後は創造力につながる、無意識が動き出して、
「何かが始まっていく予感や予兆」がするとか・・・
想像力も活発に動き易いため、新しいアイデアが湧くそうです!


皆さん、如何ですか?

私は何だか重ーく、静かーな感じで、
動きたくないよー というこの頃です。
無意識の中で何か違った力が動き出しているような。。
こころが深ーいところで喜ぶこと、しーましょっ♪と。 





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永遠の追いかけっこ

しばらくの間、更新をお休みしてしまいました。

前回のブログから、名の無い領域にどっぷり浸かってしまって、
何も書けなくなっていました! 

いえいえ。。

清々しい秋晴れが続くGreenwichです。
通る風に冷たさを感じ、また日増しに色付いていく木々の葉っぱに、
移ろい行く季節を味わっています。
庭に出て、きれいな楓の葉っぱを見つける、ちょっとした時間がうれしいこの頃です。


今日の朝10時ごろ、クラスでちょうど仰向けのポーズに入った時、
西側の高ーい空に、キレイな弧を描いた三日月が見えていました。

Mianus River対岸の東の空には太陽が眩しい中、
永遠の追いかけっこをしている月と太陽に、
宇宙の働きを感じ、祝福したくなりました。

Hatha (ハタ)Yogaは、
haが太陽 吸う息・凝縮を意味し、
thaが月 吐く息・拡大を意味します。
右と左、心と体、光と闇、理想と現実、自己と他己…対立するものや、
反対のものをひとつに結び合わせ、調和のある全体を創り上げる、
それがYoga。

対極があるからこそ、在る世界に、
エネルギーで充たされる思いがしました。

プルシャ(宇宙の真我)は・・・」 と、月と太陽が語っていた。

  それはそこに在る。
  それはいつでもそこに在る。
  それが無くなったことは無いし、
  これからも無くなることは無い。
  それはただ存在している。
  全ての時間と空間を越えて存在している。




今度は東の空にお月さまが出ている頃かな。

太陽とお月さまの永遠の追いかけっこ。。 





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名の無い領域

思考は言葉の限界。。

自分のもっている言葉の中でしか、
考えたり、伝えたり出来ない。
言葉がなければ、過去も未来も
それを明確にあらわすことが出来ない。

人間は言葉をもって、整理して、世界を区分けしている。

心が忙しいのも、言葉をもっているが故。。
宇宙の果てに思いを巡らすことが出来ることもそう。

前回のブログの「明鏡止水」のように
静かな湖に喩えられるのが、心素citta(チッタ)。
水面に浮かぶ波が、心の働きvrtti(ヴリッティ)。
その心の波を鎮め、止滅させることが、『ヨーガ・スートラ』の冒頭で述べられている
'yoga citta vrtti nirodhah' (ヨーガ・チッタ・ヴリッティ・ニローダ) ヨーガの定義です。

スワミ・シバナンダの言葉に
「心に波が立つ原因は名前と形を持つ対象である。
名前と形なくして波が立つことはない。」 とありました。

そうかもしれない。
言葉をもって、名前をつけ、区分けするから心は忙しい。
そうやって人間は混沌の世界から、明晰な世界へと移ってきた。
でも時々、混沌の世界を思い出すことが大切かもしれない。
それは加島祥造さんの『タオー老子』にある世界。


まずはじめに名の無い領域があった。
名の無い領域から
天と地が生まれ、
天と地のあいだから
数知れぬ名前が生まれた。
だから天と地は
名の有るすべてのものの「母」と言える。

ところで
名の有るものには欲がくっつく、そして
欲がくっつけば、ものの表面しか見えない。
無欲になって、はじめて
真のリアリティが見えてくる。



風が止んで水面が鏡の様になったときの気持ちいいワタシは
この、はるかに広がっている名の無い領域にいる気がする。

さあ、明日もYogaしーましょ♪ 






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今日のクラスで

今日は夏日を楽しみました。
少し動くだけで、汗が滲む陽気が嬉しくて、
またを食べてしまいました。
そう、スイカが好きです。
まだまだ夏よ去らないで!


今朝のクラスが終わったとき、
「気持ちイイー。ずっとここにいたい!」
ってトビっきりの笑顔で仰って下さった方がありました。
教室をしていてよかった!と思う最高の瞬間です。ありがとー♪

クラスでは、アーサナを続けながら、
リンパの流れ、血液の流れ、そして感じる気の流れなど体を隅々観察していきます。
吐く息、吸う息を細部に亘り見つめていると、意識が次第に内側へ深く入っていく。
段々段々体と心が柔軟になり、安定してくるのが味わえる。

そう、いつもと違うワタシ。。

そして、シャバーサナに入ると、解放に向かっていく。
何の役割も持たない自分が唯唯ココにいる。
ココが何処で、自分が何者なのかさえ分からないような、
その自分にさえ気づいていないような感覚。

えっ、ワタシっているの?。。
Yogaってアブナイかも。。


禅で「明鏡止水」と言われますが、
心を水面に喩えると、感情的になっているとき、波立っているときは
水面に映るお月さまはありのままの姿ではありません。
心が鎮まったとき、風が止んで水面が鏡の様になったとき
ありのままのお月さまが事実のままに映っている。

Yogaは揺れ動く心を訓練して、真実を把握する求道法のひとつ。
だから、本来ポーズは瞑想なのです。

体が堅いとかはYogaに関係ありません。
いかに自分を観察できるか、がYogaを上達させていく秘訣だと思います。

そのオマケに体が健康になる!痩せる?プレゼント付きかも♪


家でヨーガをしても、ココでするようには気持ちよくなれない!
と言われるのは、きっとお家でひとりヨーガをしていても
雑念がいっぱい湧いてきて、観察することができないからだと思います。
心はいつもいつも忙しいものね。

でもココでの、こんな気持ちいい自分を知っているのだから、
いつでも、風が止んで水面が鏡の様になったときのワタシを思い出せる。
真実をみつけられる気がしませんか?







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Labor Day

ネバならない・・・は好きではないですが、
やらなければならないこと、
考えなければならないこと、が
たくさんあって。。足踏みを楽しんでいるこの頃。。

9月になりました。
夏を惜しみつつ、移り行く季節を味わえる素敵な時です。

Labor Dayの週末。
文字通りBBQを楽しんだ今日、夏の終わりには勿体無い!くらい
Greenwichはお天気に恵まれました。


’生命即神’という言葉があります。
龍村修先生によれば、
 「生命は神、つまり命はなんでも知っている。
 頭に入っている知識より、自分の体が正しいことを知っている」
といわれます。
Yogaを通して、体から聴こえてくる声に耳を傾け、
響きを味わい、観察することを訓練し学んでいます。
時に・・・、在ることを確認したくて、
またプラトンを読みたくなりました。
秋でしょうか。。。

「命はかなき魂たちよ、
 ここに、死すべき族(やから)のたどり、死に終わるべき、
 いまひとたびの周期がはじまる。
  
 運命を導く神霊(ダイモン)が汝らを籤引き当てるのでない。
 汝ら自身が、みずからのダイモンを選ぶべきである。

 (中略)
  
 責めは、選ぶ者にある。神には、いかなる責めもないのだ」

                       (藤沢令夫氏訳 『国家』617eより)


エルの物語に出てくる女神アナンケ(必然)の3人娘モイラ(運命)のうち、
姫御子ラケシス(過去)の言葉として神官が語った場面の引用です。
*ちなみに後二人の娘の名はクロト(現在)、アトロポス(未来)。。
 母が必然の女神でその娘は運命の女神、そしてそれは過去・現在・未来というわけ。。*


プラトンによれば、各人にはそれぞれの運命を支配し導く
ダイモンがついていて、
<運命とは、与えられるものではなく、
むしろ各人が自分自身で選びとるものである>、という。

現代では当たり前だと思う人の方が多いのかもしれない。
でも中世ののち、この言葉を聞いたルネサンス期の人々は
震撼したに違いない。。
どれだけ、いま、それを自覚できているだろうか。。と
自らに問いかけてみる。

魂は、籤によって決められた順番に従って、
生涯の種類の見本から、これから生まれかわるべき自分の生を選びます。
籤はモイラ(必然の娘、運命)によって決まり、
選択は自由意志によるものであるから、
人間の生涯は、必然と自由との両方によって規定されていることになる。。


この「エルの物語」は、素敵なミュートス(神話)です。
ヒントがたくさんあります。

虫の音が盛んに響き渡る夜・・・
夢物語に浸ってみるのもいい時間。。






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