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“Global Heart”

~ Yogaでシンプル・ライフ from Greenwich CT ~

実践理性の要請

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今日は朝から啄木鳥(キツツキ)が訪れ、コンコン、コンコン、と
大工さんのように、リズミカルに家を突いています。
壁は大丈夫かな。。^^

20℃を超えた今日、Indian summer♪ 夏が少し戻ったような陽気は
人間よりも、動物たちの方が鋭敏に感じ取っているのでしょうね。
庭で大きなリスと小さなシマリス達、そこに鳥達が遊び廻っています。
お互いが側で間近にいても、お構いなしに遊んでいるのに、
私が外に出たとたん、みんなすばやく逃げてしまいました。
共存している彼らの世界を人間が邪魔をしてしまっているのですね。
申し訳ない。。

明日からまた冷え込みが厳しくなる様子です。
今日の光と空気をいっぱい浴びておきましょ!


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スワミ・チダナンダ師の講演録、中略し最後の部分を追記しております。

「宇宙の真理」なるものが、あるのかどうかなど頭をつかって考えても分かる範疇でもなし…
でも、師が伝えられたように、「宇宙の真理につながっている」という感覚を持つことによって、
もし、どんな些細なことに対しても、素晴らしい価値があるのだ。。と思えたなら
生きるのが楽になるのではないでしょうか。。


ヨーロッパ中世を過ぎて、哲学者カント(Immanuel Kant1724-1804)は、
キリスト教義の中心である命題<魂の不死と神の存在>を「要請」します。
これらは理論理性の立場からはいかなる方法でも証明できるものではない。
でも、もし神が存在しなければ、個人の徳の完成も、またこの世での幸福も、保証され得ず、
私達の正しい行動も、秩序正しい認識も根拠を失ってしまう。
だから神は存在するはずだ、という立場を取りました。
魂の不死と神の存在(「自由」というのもここに入ります)というのもが
道徳的実践的な立場から要請されるとしたのです。


全く異なった文化の世界で、また時間軸も何千年という隔たりのある背景の中で、
東洋と西洋に同じテーマをもとに思想が繰り広げられてきた歴史に、
人間の変わらない営みをみるようです。

ある作家が言っていました。
「西洋は近代に入って、やっと東洋4千年の叡智に近づいた。
遥々遠回りをしたもんだな・・・」 と。

いかがでしょう?


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