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“Global Heart”

~ Yogaでシンプル・ライフ from Greenwich CT ~

よいお年を♪

日本では大晦日をお迎えですね。
今日の東京は暖かく、太陽の光は燦々です!と
先程嬉しいメールをいただきました。
2009年最後の太陽に感謝を込めて♪
太陽礼拝のポーズを。。^^

連日の零下で、Mianus Riverが凍り付きました。
今宵その上には、美しい円満のお月様が輝いております。
お月様と太陽が、壮大な物語を地球にいる私たちに示してくれているようです。


横浜の友人から『だから優しく、と空が言う』という素敵な写真詩集が届きました。
その中の一節を。。

   続いてきたように思えること
   続いてゆくように思えること

   どんな出来事も
   ひとつひとつは 小さな点のようなもの
   すべて つながりながら流れてゆくもの

   だから 此処にある想いも、また
        一瞬に過ぎないものかもしれない――


   今日を抱きしめよう 
   今日は 今日しか見えないものであふれている




皆様の温かいお言葉と笑顔に、たくさんの励ましを頂きながら、
今年一年、充実した日々を重ねることが出来ました。
心よりお礼申し上げます。


  2010年が素敵な年となりますように♪
        皆様の御健康と御多幸を
               心よりお祈り申し上げます。

 2009_1229年の瀬0013    2009_1229年の瀬0015

      希望へと続く2010年でありますように!


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アメリカ生活 | コメント:0 | トラックバック:0 |

底が抜けた時代に

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         (20日今冬初めての積雪。。

今年最後のクラスを本日、無事終えることができました。
ご参加下さいました皆様、心よりお礼申し上げます。
お陰様で、今年もたくさんの出会いと共に、充実した日々を、
移り行く時間の中で感じ、味わいながら過ごさせて頂きました。


先日読んていた、宮台真司さんの著書、『日本の難点』に、
現代とは「社会の底が抜けた時代」、
多くの人が社会の底が抜けている事実に気づいてしまった社会、
というポストモダンの概念がありました。

現代は、万民に共通な、絶対的な真理や善悪の基準は存在し得ず、
それらは恣意的に選択され、構成された物語にしか過ぎないということを、
社会の多くの人々が自覚してしまった社会である・・・と。

ポストモダンというと、フランスの哲学者ジャン・フランソワ・リオタール(1924 - 1998)の
<愛による原罪からの解放、というキリスト教の物語。
 認識による無知や隷属からの解放、という啓蒙の物語。
 労働の社会化による搾取と阻害からの解放、というマルクス主義の物語。
 産業の発展による貧困からの解放、という資本主義の物語…>
このような大きな物語が信じられなくなった状況、
すなわち、「大きな物語の終焉」というのがありますが、

そのような中、みんな行き場を失っているのが今現代なのでしょうか。

計らずも… 今年初めのブログ「The Three Questions」
<私のNew Year’s resolutionは、「覚悟!」でしょうか。。>などと
トルストイ原作の本のことと共に書初めしておりましたが・・・、

そう、宮台氏の著書では、
底が抜けていると自覚しながらも、底があるかのように
振る舞うことが不可欠であるという意識が人々に共有されてくる。
全ての前提には、絶対的・究極的な根拠はないけれど、
それを意識化した上で、あえて物事を選択し、
善悪と真理の物語を構築することが必要であるという意識(「普遍主義の不可能性と不可避性」)
そういった「振る舞う意識」の手段、ツールとして科学と民主主義がある、
と述べられています。
(それぞれ「科学の不可避性と不可能性」、「民主主義の不可避性と不可能性」、
という偉く難しい言葉が並んで?マークがたくさん飛び交ってしまいます^^)


このポストモダン社会は、全ては究極的には無意味だけれど、
そのことを踏まえつつも、そのことに止まらず(ニヒリズムに陥ることなく)、
自ら相対的な意味をつくることが大事ということでしょうか。


『The Three Questions』の可愛い絵本を眺めながら、
今年一年を振り返ってみます。。自省を込めて。



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18日のYoga ClassのParty♪では
年末の楽しい美味しい^^ひと時を共有頂きまして有難うございました。
今年も皆様のレシピ集を作りたいと思います。
是非、お寄せくださいませ♪ お待ちしております。



テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

思う事・感じる事 | コメント:5 | トラックバック:0 |

いにしえのおと

 2009_1206ColumbiaU0008.jpg  2009_1206ColumbiaU0024.jpg  gagaku @columbia u.

Holiday Songsが流れるシーズンに・・・
何だかお正月に飛び越した気分^^、雅楽に触れる機会がありました。

生演奏を聴くのは、神社での挙式以来…
巫女さんが見事な豊栄舞をして下さいました… などという昔話は措いて置き。。


娘からJapanese Gagaku Ensembleで笙(しょう)を始めたと聞いたときは、
雅楽?、想像出来なかったのですが、本格的な様に驚きでした。
なんでも、大学には毎年夏に雅楽の勉強の為、6週間のプログラムで学生4名が
東京に留学する制度まであるとのこと。。
日本古来の伝統音楽に興味をもち、魅せられて
熱心に学ぶ外国の学生達がいるのは嬉しいですね。
現在でも大規模な合奏形態で演奏される伝統音楽としては
雅楽は世界最古の様式であるそうですから。。


耳馴れている西洋音楽とは全く異なった世界。。
これって不協和音?と外された感がありそうなのですが、
否そこはむしろ澄んだ、深い音色がこだまして、
心をしっとり潤わすような響きがありました。
耳を傾けていると自然と呼吸が深まって参ります。
そう、遠く置き忘れて来た、忘れ去っていた感覚が広がってくる、
心が落ち着いてくるから不思議。。
異国の地にいるから尚、惹かれるのでしょうか。


雅楽の合奏の中心となる楽器の三管にはこのような表現があるそうです。

「天から差し込む光」・・・笙(しょう)。
「天と地の間を舞い立ち昇る龍」・・・龍笛(りゅうてき・おうてき)。
「地にこだまする人の声」・・・篳篥(ひちりき)。

部分の集合ではなく、全体として存在している世界。。
それぞれが響き合い、重なり合うとき、まるで1つの宇宙が聴こえてくるようでした♪


    いにしえの おとにこころ みちびかれ
                      いきをみつめる 異国のしはす  

いにしえのおと「越天楽」


テーマ:日記 - ジャンル:日記

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体と心の層

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                         (そろそろ咲き始めようかナ~ Christmas Cactusの囁き)

Thanksgiving Holidaysも終わり、一気に年末モードが高まって参りました。
今年の括りの時節、気をを引き締めながら、
体と心はしなやかに…といきたいものです。


クラスが始まる朝はいつも部屋を清め、お香を焚いて皆さんをお迎えするのですが、
毎回クラス度に、異なる場の雰囲気や空気の流れといったものを感じます。
一人ひとりのもつエネルギーって本当に面白いです。
連休明けて今日は、ソワソワと焦点が定まらない雰囲気でスタートしました。
こんな時は呼吸も浅く、心ここにあらず、体も緊張しているはず。。

前半はスローテンポに、呼吸と体に意識を向けやすい動きに重点をおき、
後半は少しテンポを上げて、発散と集中力をもたらすアーサナを多く取り入れました。

これは毎回のことなのですが、どんどん変化してくるのです、場の空気の粒が。。
粒?
そう、荒いものから細かいものへ変化するのです。
呼吸の変化と共にきっと皆さん自身も感じていらっしゃるでしょう!

シャバーサナが終わり、最後坐る段階に入ると、
それぞれの粒が共鳴しているような、今日も心地いい空気が流れていました。


そんな時思うことは…
心というものは眼にはみえないけれど、
肉体といっしょに動く心と、その影響を受けない心があること。
そして心とはいろんな層をなしている、ということ。。

「クラスの後はいつも<いい人>になった気がします!」と
面白いことをおっしゃる方がありました。
Yogaをすると心がより純粋な、微細な部分に包まれて自他同一していく証でしょうか。


インドのYogaではそのような層を、
粗大身とその心、微細身とその心、そして原因身とその心、とに分けて捉えています。
コップに泥水を入れて混ぜ合わせると、にごってしまい、それは不透明で
中身の存在がどういう状態にあるか不明です。(心のあり方が不明な状態)
でも、しばらく静かにコップを置いておくと、より重いもの、荒いものが一番下に沈殿し、
その上には軽いもの、より細かいものが、そして一番上には透明な部分ができます。

眼にみえるもの、みえないものが不可分な形で存在しているのが体と心の在り様だとしたら、
Yogaの学習は、心の性質や心とは何か、そして人間の存在とは何か、
といった本質的な問いかけにたくさんの気づきをもたらせてくれます。
これは机上の書物をいくら紐解いても、気づけない分野。。


澄んだ寒空の中、今宵とてもキレイな満月です

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